飯森憲幸『姉の娘殺害、コンクリ詰め』

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プロフィール

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名前飯森 憲幸(いいもり のりゆき)
年齢41歳(2025年3月)
職業無職
住所大阪市平野区喜連
犯罪過失致死・死体遺棄
※姉の娘(7歳)
その他情報

《虐待》
・父に母と共に全裸でベランダに出されて父親から水をかけられる
・父親は、短気で怒りのコントロールができない人間で、手の出し合いになることもあった
※飯森憲幸の証言によると

《勉学》
・中学校を卒業しているものの、ほとんど登校していない
・「家」という漢字も書けない?
→裁判中に法廷モニターに映し出された、手書きの地図には「〇〇のいえ」と記載されており、家という漢字すら書けなかった可能性あり。

犯罪歴

姉の娘を素手で叩く・脇腹にローキックなどして殺し、コンクリート詰めにしました。
※娘の死因は、内臓出血による外傷性ショック
飯森によるとコンクリート詰めは父親の提案でした。
飯森の父親も死体遺棄の疑いで書類送検されています。
→大阪地裁は、2025年4月14日付けで不起訴処分となっています。

時系列
2000年【10月26日】
被害者のAさん誕生
2002年被告の姉が契約したレンタル倉庫の業者から「家賃の滞納がある」と連絡が来る
→姉に電話をかけ、 「食べていくのがしんどい。会いたい。」と言われる

これがきっかけでAさんとその母親・祖父ら4人生活を始める
※このとき被害者Aさんを連れてくる
2004年Aさんの母親が消費者金融への借金の返済のため家出をして風俗店に住み込みで働く。

Aさんは置いていかれ、祖父母(飯森憲幸の父と母)が育てることになる
→祖父は嫌がり、祖母が育てることに

祖父が八尾市役所に来庁し、「母親とAさんがどこかに行ってしまった」という申し出に八尾市は、Aさんとその母親の住民票を削除。
2005年飯森憲幸の祖母に認知症の症状が表れ、入院。
一人でAさんを育てることになった祖父が「こいつ」と呼び、Aさんに暴力を振るうようになる。
→見かねた飯森憲幸が訪れ、毎日のように世話をするようになる。
2006年【10月頃】
Aさんの祖父が面倒を見られないということで飯森憲幸がAを引き取る

【12月下旬〜翌年1月上旬】
Aさんが飯森憲幸から暴行を受け死亡
2024年【11月】
自宅からコンクリート詰めの遺体を運び出し、別の住宅の押し入れに隠す。
2025年【2月】
Aさんの遺体発見
2000年【10月26日】
被害者のAさん誕生
2002年被告の姉が契約したレンタル倉庫の業者から「家賃の滞納がある」と連絡が来る
→姉に電話をかけ、 「食べていくのがしんどい。会いたい。」と言われる

これがきっかけでAさんとその母親・祖父ら4人生活を始める
※このとき被害者Aさんを連れてくる
2004年Aさんの母親が消費者金融への借金の返済のため家出をして風俗店に住み込みで働く。

Aさんは置いていかれ、祖父母(飯森憲幸の父と母)が育てることになる
→祖父は嫌がり、祖母が育てることに

祖父が八尾市役所に来庁し、「母親とAさんがどこかに行ってしまった」という申し出に八尾市は、Aさんとその母親の住民票を削除。
2005年飯森憲幸の祖母に認知症の症状が表れ、入院。
一人でAさんを育てることになった祖父が「こいつ」と呼び、Aさんに暴力を振るうようになる。
→見かねた飯森憲幸が訪れ、毎日のように世話をするようになる。
2006年【10月頃】
Aさんの祖父が面倒を見られないということで飯森憲幸がAを引き取る

【12月下旬〜翌年1月上旬】
Aさんが飯森憲幸から暴行を受け死亡
2024年【11月】
自宅からコンクリート詰めの遺体を運び出し、別の住宅の押し入れに隠す。
2025年【2月】
Aさんの遺体発見
事件情報

《被害者》
姉の娘:内臓出血による外傷性ショックで死亡
※姉とは異母姉弟

《虐待の内容》
・素手で叩く
・脇腹にローキック

《母親からの仕送り》
・被害者の母親は、出て行った2〜3ヶ月後に「仕送りがしたい」と飯森憲幸に連絡
・被害者女児の母親から飯森憲幸への仕送りは、2018年頃まで続いた
※死亡した娘さんは、2007年頃に死亡
・金額は、約28万円〜80万円(80万円は1〜2回)
※頻度は2,3ヶ月に1回のペース
→飯森憲幸の証言によるとAさんに洋服を買ったり、遊びや病院代にしたそうです。
・母親は娘に毎年誕生日プレゼントを渡していた。
・被害者母は、「玲奈に会いたい」と飯森憲幸に懇願するも「会わされへん」と言って断られている。
→「会えないなら写真だけでも」とお願いされたこともあったが「渡されへん」と飯森憲幸に断られている。

《犯人の供述》
・「姉の娘が泣き止まず、いうことを聞かなかったのでしつけの一環で素手でたたいた。翌朝冷たくなっていた」
・「顔面を何度もビンタしたり、脇腹をローキックしたりした」
・「父親に相談したら、『コンクリート詰めにしよう』と言ったので、一緒に(遺体を)コンクリート詰めにした」
・「親族の7歳くらいの女の子で十数年前にコンクリート詰めにした」

裁判

刑事裁判

【大阪地裁】(伊藤寛樹裁判長)
《判決》
2026年3月13日、懲役8年の判決(求刑:懲役12年)
→刑が確定

記事

記事1(予備1予備2予備3)・記事2(予備1予備2)

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